ミステリーの魅力 〜 騙しの技法 〜 その1
■ まずは導入部 ■
──(岩松)「騙す」というとなんだか人聞きが悪いですが、なぜ人は騙されるのが気持ちいいのでしょうか?
ここでひとつなぞなぞを出します。皆さん考えてみてください。あるところにお父さんとその息子がいました。二人はある日連れ立って野球に出かけましたが、運悪く事故にあい、近くの病院に運ばれました。残念ながらお父さんの方は亡くなってしまいました。
ところが当直の外科医は重傷の息子の方を見るなりこう云ったのです。
「他の先生を呼んでください。自分にはこの手術はできない、平静な気持ちでメスが握れないんだ。なぜならこの患者は自分の息子だから」
これはいったいどういうことなのでしょうか?それではパネラーのお二人に登場していただきましょう。
(我孫子さんと綾辻さんが登場、舞台右手の席に腰をおろす。我孫子さんはパッチワーク柄みたいな白いTシャツ姿。綾辻さんは赤のTシャツに黒いジャケット、黒い帽子にサングラス。足元は赤いスニーカー)写真1
──お二人は円町(花園大学のある辺り)には馴染みが深いのだそうですね。
綾辻「僕は生まれた時からずっと京都なんですけれど、高2の終わりから円町に住んでました。その後も二条駅の近くに住んでいたりして」
我孫子「僕も、学生時代の下宿が円町の御前通にありました」
綾「我孫子くんとは僕が5回生の時に初めて会ったんだけど、初対面の印象は悪くってねえ」(笑)
我「綾辻さんも最初はとっつきにくかったですよ。当時は拗ねたように端っこで、つまらなそ〜にタバコ吸ってた。(会場、笑)
マジックを覚えてから人付き合い良くなりましたよね。人に見せたいがために、社交的になったというか」
綾「でも(人のたくさんいる)ライブハウスとかは、出てたよ」
我「でも、あんまりわいわい騒ぐタイプじゃないですよね。クールというか」
綾「自分ではよく分からないなあ」
我「あの頃はマジックの道具一式、常に持ち歩いてたよね」
綾「まあ、そんな馴れ初めで(笑)。で、家が近いんで「一度遊びに来る?」という話になったんですよね。初めて来た時のこと、覚えてる?」
我「昼間? 夜中?」
綾「夜中。二人でいろいろ喋って、「将来は作家になりたい」って」
我「うーん‥(一生懸命思い出そうとしているらしい)」
綾「で、「何でなりたいんや」って。僕とかはね、昔からずっと書いてて、小さい頃から小説家になりたいって気持ちがあったんだけど、我孫子くんの場合は消去法なんだよね。あれはイヤ、これもイヤ。で、残ったのが作家だった」
我「いや、あの頃は作家になれるなんて全く思ってなかった。綾辻さんは乱歩賞に応募したり、作家になる気でいろいろ書いてたけど、僕はまあ、なれたらいいなあ、ぐらいで。だめだったら、学校に残ろうかな〜と」
綾「大学院?」
我「いや‥」
綾「留年して?」(笑)
我「学校の先生」
綾「ええっ!?(ほんとにびっくりしてました) それは初めて知った」──本格ミステリ・マスターズのインタビューでも、その頃の話が出ていましたね。
綾「我孫子くんはねえ、授業は出ないし、レポートもしょうもないこと書いて‥」
──電子レンジで猫を‥って?
我「名物教授がいて、レポートのテーマは何でもいいっていうから。アメリカであるおばはんが、電子レンジに猫を入れて爆発したのを訴訟に持ち込んで、電子レンジのメーカー側が有罪になったんですよ」
──それはいわゆる都市伝説なんじゃ(笑)。
我「いや、朝日新聞かなにかで読んだ記憶が」
綾「それについて怒って書いた、と。(笑)で、レポートは?」
我「通ったよ」
──その新聞、東スポだったんじゃ(笑)。
我「いやいや、当時東スポなんて読まないもん」(この後、私のメモには「努力して作家に」「仲良く」「ずるいんかい?」「我孫子さんの人生の定説、のらりくらりと」「かまいたち」などと書かれているのですが、内容はもちろんのこと、どれが誰の台詞なのかも分からず(笑)。すみません)
──そろそろ本題に入りましょう。
■ 騙されるとどうして嬉しいの? ■
──騙しの基本として「叙述トリック」というのがあります。犯人が仕掛けるトリックとは別に、作者が読者に対して仕掛けるトリックです。我孫子さんは以前「叙述トリック試論」という論文を「創元推理」に書かれていましたよね。(私は『小説たけまる増刊号』で読みました)
「騙された!」と気付く瞬間ってなぜか快感で、そこのところが詐欺とは違う。──冒頭のなぞなぞは皆さん答え、分かりましたよね。そう、外科医は息子のお母さんだった、というのが答えです。外科医というとつい男性を思い浮かべるけど、実は女医さんだったわけですね。
我「よく似たなぞなぞで、判事とモデルというのもありますよね。二人が駆けっこをするんだけど、条件として上り坂は男の方が速く、下りは若い方が速い。さあ、どちらが勝ったでしょう? というような」
(これ「叙述トリック試論」にも出てきてましたね)綾「あ、ところで今日の話はネタバレなしで。皆さんが見てない映画や読んでない本についてネタバレはしない、そういうポリシーでいきますので」
──騙す騙される、何で嬉しいんでしょうか?
我「それは、偉くなった気がするからではないでしょうか。その話を覚えて帰って、また友だちに試したくなるような、お得感のある小ネタってありますよね。自分は一回騙されたから、今度は人を騙してやろうと。もしかしたら二人以上騙せるかもしれないし」
綾「そういう側面はありますかね」
我「酒場で流行る、よく出来たパズルみたいな」
綾「マッチ棒のパズルなんかもありますね。それが連鎖していく」
我「よし、これ使って騙してやろう、と」
綾「それってネズミ講?」(笑)
我「「これはないだろう」という不快感を伴わないものは、お金が儲からなくても優越感を味わえますから」
綾「ミステリもそれで薦めるの?(ちょっと懐疑的)」
我「とにかく読んでみてよ、騙されるからって。それで後から「どうだった?」。本を薦める時も、自分が先に見つけたんだぞっていう優越感がありますよね」
綾「でも、達人になると「いや、別にたいしたことないけど、読んでみれば?」って薦めておいて、相手が読んでびっくりするのを楽しむんだよね」
──でも、そういう薦め方じゃ、読んでくれないかもしれないですよね(笑)。たいしたことないって云われたら、読む気が起きないかも。
綾「まあ、確かに。それで読んでくれたら、いいんですけどね」
──そう考えると、薦める側薦められる側の信頼関係が必要かもしれませんね。──小説でプロットといわれる部分、物語についてですが。時間の要素が入ってくると人間って、それをひとつひとつの現象としてではなく、物語として頭の中に入れたがると思うんですよね。
(後ろの黒板を使って、熱く語り始める岩松さん。ちょっと理解しきれませんでした、すみません)写真2
Pという事件が起こった場合、Pという現象を現象のままにしておくことを脳は不快と感じるんですよね。そのまま取り入れるのではなく、原因と結果という物語として再構築したがる。例えばrによって起こったというようにね(矢印を書き込む)。だからミステリーという形態は脳にとって、とても理にかなった形なのかもしれません。
またこの時「ああ、思った通りだった」より「あー、違うんだ!」の方が印象に残ったりもする。真相は実はqだった、といった場合。綾「なるほど、この落差が大きいほど、結末の意外性につながるわけですね」
──脳の一部が欠損した人の場合、現象を関連づけることができなくなるという症状が見られることがあるそうです。例えば、暑い→上着を脱ぐ、といったような。どうして上着を脱いだのかが分からなくなってしまう。
人間の脳は原因と結果を繋げたがるものなんです。我「今ふと思ったんですけど、ミステリーを読ませて同時に脳波を測ると面白いかもしれませんね。ドーパミンの量とか、お、何ページで驚いたぞ、とか」
綾「そういえば我孫子くん、脳の話、好きだったよね」──それから、こんな問題もあります。ある島の人々の間には「雨乞いの踊り」というのがあって、その島の人たちが踊りを始めると、100%の確率で必ず雨が降るという。それはなぜか。
綾「これは、「その島の人たちはとにかく雨が降るまで踊り続けるから」というのが答えですね。これもひとつのテクニックで、つまり「踊りというものは、ぶっ続けで何十時間もするものではない」という思い込みに付け込むわけですね。人がどういう思い込みを持っているのかは、(ミステリ作家として)知りたいところですよね」
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