ミステリーの魅力 〜 騙しの技法 〜 その2
■ 暗黙の了解 男と女 ■
──我孫子さんは先の「叙述トリック試論」の中で「暗黙の了解」という言葉を使っておられますが。
我「暗黙の了解というのは、読んでいる(または書いている?)本人も気付いていないことがあります。
例えば「男・女トリック(性別を誤認させる叙述トリック)」なんかは、云わば社会の暗黙の了解だったりしますね。ここらを上手く追求すると、フェミニズム(男女同権主義)の問題とかにも繋がる。
他人の作品を読んでいて気になること、ありますよ。例えば「女刑事」とは云うけど「男刑事」とはわざわざ断らないでしょう? これは作家が書く段階で差別しているんですよね。他にも「女医」とか、職業上の差別は拭いがたくある。
地の文では男は名字で、女は下の名前で、という暗黙の了解もありますよね。僕は自分の小説では、なるべくそれは止めようと思っているんですよ。「薫は‥」とか書いたとたんに、やっぱりやめて名字にするとか。男もファーストネームにしたりフルネームで書いてみたり」
綾「そこまで考えるの」
我「公平に、とどうしても考えてしまうんですよね。社会的なスタイルとして、美しくないから」
綾「最近の若い作家は逆に、あまり気にしない人も多いんじゃない? でも僕もそういう問題で苦労したこと、ありますよ。名前のように見える名字を一所懸命考えて、暗黙の了解を逆手に取ってさ」
我「自分の作品の中で、あっちの作品では気を遣っているのに、こっちの作品では安穏としていたら、ぶち壊しじゃないですか」
綾「そこまで厳しく考えるんだ」
我「常に、じゃないにしても、一度は考えちゃいますね」──それってケースバイケースですよね。例えば、家族物だったら‥
我「全員下の名前でいいですよね」
──そこに外部の人が絡んでくると‥
我「三人称だと、視点の人物がどういう風に認識しているかによってある程度変わってきますけど。でも神の視点だったら(男女で差があったら)不公平ですよね」
綾「(我孫子さんを指して)正義漢ですよね」
我「気付いてきちゃったら、なんか許せなくて。
僕の作品に未来物があります。(『腐蝕の街』『屍蝋の街』。第3弾もいずれ) 舞台は近未来なんですが、作者の希望としては、差別が少しずつなくなりつつある社会なんですね。外国人の警官も女性の警官も普通にいて。だから女性でも名字で書いているんですが、誰も気がつかないですね‥
海外の警察物だと、例えば被害者の「目の色」や「髪の色」までデータがある。日本ではわざわざ云わないですよね、みんな黒いから‥もっとも最近は茶髪が多くてあながちそうとも云えなくなってきましたが」
綾「人口の比率によりますね」
我「(『腐蝕の街』舞台の)未来では、警官も男とか女とかいちいち描写しないし、同性愛と異性愛がニュートラルにあるような設定なんで、登場人物も名字かフルネームで書いています。しかし、未来物といっても2024年の話なんで、じき現実に追い抜かれてしまいますね(それまでに第3弾を、ぜひに〜)」
──ヨーロッパの文学でも、名字だけだと男で、地の文では女を名字で呼び捨てにしないとか、ありますよ。
我「別に仕掛けていない時でも、気を遣います」
綾「大変だよね、地の文で嘘をつかないって。あんまり考えすぎると、袋小路に入り込んじゃって、作品量が落ちる」(笑)
我「ハメットとか読んでいても思いますが、ものの見方を描写に込めないというのは難しい問題だなあ、と。「女なのに論理的な‥」なんて平気で書いてる人、いますもんね。作者の見方がぽろっと出ちゃう」
綾「純文学的な実験小説であっても、娯楽小説として面白く読ませなきゃいけない側面もあって」
──ミステリーでは、娯楽性と実験的部分が表裏一体ですからね。──暗黙の前提(了解)って、横文字にすると「default assumption」。
デフォルトはコンピューター用語ですよね、要するに「カスタマイズされていない状態」のこと。assumptionは意識していない、無意識の前提。
ただ、デフォルトがパソコンの場合と違うのは、パソコンでは工場から出荷された初期状態が「デフォルト」だけど、「暗黙の了解」では社会の中でカスタマイズされた結果がそれにあたるんですね。■ 掘れば掘るほど ■
我「ミステリのネタも、掘れば掘るほど穴が少なくなってきて、潰し合いといった状況です」
綾「ネタあります?」
我「たくさん新人が出てきて「まずいなー」と。小さなパイを取り合っているような感覚だったんですが、最近流れが変わってきた気がします。ミステリミステリしていないものとか、SFっぽいものとか、けっこうあるでしょ、いわゆる「ジャンルX(エックス)」」
──それは「脱格」?
我「脱格‥なのかなあ?」
綾「乙くんとか」
我「乙一さんのことは(僕は)ミステリーという枠組みで見てないですね。この人だけの世界がある、単純にストーリーテラーとして評価しています。
新人の作品の中には、ミステリーの骨格をしていても普通に超能力者なんかが出てきますからね。西澤(保彦)さんのような、きちんと設定を説明した上でのSFミステリだったらいいんですけど。あまりガチガチの本格を考えている人は少ないような」
綾「ところで我孫子くんって、知り合った頃は「冒険小説の人」だったよね。ハードボイルドが好きで。なんで本格に来たの?」
我「カーと島田荘司の影響かな」
綾「自分の小説においての、仕掛けというか本格ミステリへのこだわりは‥」
我「あ、それはぜんぜんない」(あっさり云い放ってました(笑))──『ディプロトドンティア・マクロプス』なんて作品もありますもんね。でも、デビューが「新本格」のくくりだったから、本格作家と思われがちなんでしょうね。
■ 新本格16年 ■
──今年は綾辻さんが『十角館の殺人』でデビューされて16年目に当たるわけですが、あの当時を振り返って芦辺さん・有栖川さん・小森さんら(去年の花園大学ミステリーシンポジウムのパネラー)は、こんなふうにおっしゃっていました。つまり、当時は謎解き小説なんていうのは、ものすごく売れてる偉い作家が筆のすさびでたまに出す程度の物だったのが、綾辻さんの登場で「ああ、僕たちもこういうのをやっていいんだ!」と勇気づけられた、と。
──綾辻さんの後にも法月さん、我孫子さんと次々デビューされて。でも当時はバッシングもありましたよね。謎解き小説なんて昔のもの、既にやり尽くされてしまったジャンルだとか、人間が描けていないだとか。ところが現在は謎解き小説が毎月毎月大量に出版されている。時代は変わったのでしょうか。
我「変わったところは大きいでしょうね。僕らや麻耶くんあたりまでは確かに小説技術の面では未熟な部分もありましたし。法月くんは社会人を経験してますが、僕らは学生のまま作家になってしまったので、そういう面でもね。でもミステリそのものは変わっていないと思います。
でも、技術面は上達しても、「昔の方が頭良かったなあ」と思うことはありますね。なんでこんなトリックを思いついたんやろう、とか」
綾「僕は今でもトリック思いつくよ。書けないだけで」
我「面白ければ、文章が下手でもいいじゃない、と思う読者は増えたかもしれませんね。読者は変わったかもしれない。
でも、地に足がついた小説が好きな人というのは常に一定数いて、そういう人たちは地に足がついていない小説は受け付けないんですよね。それで「人間が描けていない」なんて批判する」──もともと謎解き小説というのは、人工的に作られたものですからね。叙述トリック否定派、というのもいますよね。物語にひたっている最中に作者の手が見えてしまうのが興醒めだ、あやつりに見えてしまうというのが理由のようですが。
綾「さっきのバッシングで思い出したんですが、山口雅也さんがかつて「ゾウに首が長くないぞ!って怒っているようなもの、ナンセンスだ」とおっしゃったことがありました。でも、一歩引いて考えるとキリンもゾウも同じ哺乳類。全然違うものに、例えば石に向かって云うよりはまだ近いんじゃないか、と最近は思うんですよね」
──石というのは具体的にはどの辺りでしょう? 漫画とか?
綾「いや、漫画は植物ぐらいですかね、生物というくくりでは同じ、みたいな。石というと‥ええと、なんでしょうね‥」(自分で上手い例えが思い浮かばない綾辻さん)
──何かと一次元的に切り分けたがるんですよね、「これはミステリーだ」「SFだ」というように。でも実際のところ小説は複合体なわけで。
我「人間が描けている描けていない、文章が上手い下手というのも、なかなかデリケートな問題ですよね」──僕は新本格を、かなり遅れて読んだんですけど、別に下手とは思わなかったですね。ただ、今までの小説と比べると「何かが違うぞ」と。密室や孤島が出てきても、レトロというよりはむしろ新しく感じました。新しい=進歩、ではないんですけどね。
例えば綾辻さんの館シリーズの初期。昔っぽい館が出てきますが、何百年も前からある館なんて日本には存在しないわけで、中村青司の館はどれも’60〜’80年代に建てられたものなんですよね。物語の方も、館の儚さみたいなものも描かれている。
一方、我孫子さんのデビュー作『8の殺人』は、八の字の奇妙な館が出てくるミステリですが、スラップスティックな味付けもある。このように、道具立てはレトロなんだけどそこに現代的な要素も入ってくるところが、チープに見えたというか、戸惑いを持たれたんじゃないかな、と。綾「それは結果としてそうなったということだと思いますけどね。僕は昭和35年生まれですが、僕と同年代の人がミステリを書いたら、やっぱりおのずとそうなるんじゃないでしょうか」
| 1 2 3 4 5 6 7 |
| HOME | report |
| SEO対策 ショッピングカート レンタルサーバー /テキスト広告 アクセス解析 花 | 無料ホームページ 掲示板 ブログ | |