ミステリーの魅力 〜 騙しの技法 〜 その3
■ サブカルチャー ■
──綾辻さんの三大原体験というのがありましたよね。
綾「ウルトラQ、楳図かずおさん、それから江戸川乱歩です」
──三つのうち二つは、小説ではないですね。我々の世代になると、漫画やテレビやアニメも自己形成に大きくかかわってきます。お二人とも、小説以外にもゲームやドラマ、漫画原作などのお仕事もされていますので、サブカルチャーに関するお話も伺ってみたいと思います。(と云ったのに、またすぐ綾辻さんに話を元に戻されてしまった岩松さん。サブカルチャーに関する話題は、後の「質疑応答」でゆっくり)綾「乙一くんあたり(の原体験)は「かまいたち」なのかも。
一昨日、有栖川さんが賞をとられたこともあって、推理作家協会のパーティーに出席したんです。そこで乙一くんにも会いまして。「もみくちゃにならないようにね」って云ったんですよ。あのくらい大ブレイクすると注文が殺到して、全て受けてると潰れちゃうんですね。
そうしたら彼は「大丈夫です、ちゃんと断ってます。その辺は『まんが道』で学びました」って」(笑)
──それを聞くと、遠くに来たなあという感じもしますね。──ミステリーの歴史を本にしたら、松本清張なんかと同じように、綾辻行人という名前も太字で書かれると思うんですが、そういう意味でのプレッシャーは、
綾「ないですよ。というか、考えないようにしています」■ 再び叙述トリック ■
綾「話を元に戻しましょうか、叙述トリックのことについて。少々手の内を明かしますが、暗黙の前提というのは、僕ら常日頃「まだ使われていないのはどれだろう?」と必死に探っているんですよね。
男・女というネタも昔から書かれています。でも「短編では(過去に例が)あったけど、長編ではまだないだろう」ということでやってみたり。同じようなネタでもいろいろ形態を変えたり、バリエーションを探ってもいます。とにかく皆が思い込んでいる属性は何かないかって。
ネタはどんどんなくなります。そうすると、例えネタがかぶっていても最後にびっくりさせられれば良しとする人も出てきます。特に最近の人は、あまり暗黙の了解事項を探しているようには思えませんね。中には「他の人がやってたけど、自分はまだやってないからいい」という考えの人もいる」
我「確かにネタは少ないですね。でも、何をもって新しいと見なすかが人によって違いますから。
最初のなぞなぞを例にとると、判事は過去に例があった、女医もあった、でも弁護士はまだだから書いてやろう、とか‥実際は弁護士ネタも既にあるんだけどね」
綾「女を女でないように見せる、その見せ方が新しければいい。
一人称の喋り方で騙す手もありますけど、「僕」と云っている人物が実は女だった、なんていうのは、今さらそのネタだけではちょっとね‥70年代だったら通用したかもしれませんが」
──サーカスのヒゲ女なんてどうですかね。ヒゲを剃ったという描写で‥あ、剃ったら見た目も女になっちゃうか、じゃあ「ヒゲを手入れした」という描写を入れて(笑)。綾「自分の小説では、『どんどん橋、落ちた』なんかは、その辺りとても凝ってます。えー‥ネタバレになるので詳しくは云えませんが。こういうのを考えるのは楽しいですけどね。でも、「騙されて何が楽しいの?」という話に戻ると、先ほどは「パズルだったら、人に試してやれと思うとか、自分が知っていることで優越感を味わえる、それが連鎖していく」ということでしたが‥」
我「カーン! と騙される快感、っていうのはありますよね。でも、たいていのことはやり尽くされていて、それを乗り越えるとギャグの領域に入ってしまうこともある。驚きというよりは「何だよそれはー」って。(書き手が)真っ向から勝負しようとすると、相当高度な領域に行かなくちゃならない」我「何が楽しいのか、という話ですが、驚きがもっともっと強くなると、世界の崩壊感というか、人生観すら変わってしまうことがあるかもしれない。例えば、自分ではフェミニストのつもりだった人が「いや、俺も実は差別していたんだな」と気付かされるとか」
綾「そういうとこあるのね、我孫子くんは正義漢だから」
我「いや、正義云々じゃなくて衝撃の深さ、かな。どうでもよければそれで終わってしまうし」
綾「アイデンティティーが揺らぐとか、世界ががらっと変わって見えるとか。そうした衝撃を楽しめるのは人間の特権なんだけど、中には嫌がる人もいるんだよね。だから読者も(好きな人とそうでない人にはっきり)分かれますよね。アガサ・クリスティーは「読者はこっぴどく騙されることを好まない、ほどほどがいい」と云ってましたし」
我「でも、こっぴどく騙されてすごく不快だったけど、そのせいで強く記憶に残ったとしたら、それは成功ですよね」綾「手品もミステリと似ていますが、タネは明かさない、騙しっぱなしというところはミステリと決定的に違います。もっとも最近は、タネ明かしの番組も多いけど‥あれも、我孫子くんの云うところの優越感理論が当てはまるんだろうね。でもプロマジシャンたちはけっこうしたたかで、タネを明かしたように見えても実は途中までで、その先は隠したままってことがよくあります」
我「デビッド・カッパーフィールドが空飛んだら世界観が揺らぐとか」(笑)
綾「ミステリには必ず解決編があるから。似てはいるけど、マジックとは隔たりがあります。
タネ明かしについては、こんな話もあります。作家の泡坂妻夫さんはプロマジシャンでもある方なのですが、「優れたタネは、明かした方が感動できる(但し、自分で考えたタネに限る)」と著作の中でおっしゃっています。たいしたことのないタネは、明かしたところで「なーんだ」となるだけだが、優れたタネはその手順を知っても尚感動できる、と」
──読む前と読んだ後では世界観が変わった、それは優れたミステリーと云えますよね。
我「小説に何を求めるかにもよりますけどね」
──「いい小説は浪花節だ」と云った人がいましたが。
綾「それは、自分の知っている人生観の確認でしかなく、ミステリではむしろ逆かもしれませんね」
──思うにミステリーって、小説という幅広い道の中では端っこの方にあるんだけど、とてつもなく魅力的なものなんですよね。ここで30分ほど休憩が入りました。
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